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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)1号 判決

埼玉県朝霞市根岸台七丁目五番一号

原告

村野重也

右訴訟代理人弁理士

松田喬

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 宇賀道郎

右指定代理人

添田全一

村越祐輔

山本邦三郎

右当事者間の昭和五九年(行ケ)第一号審決(補正却下決定に対する審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五八年一〇月一三日、同庁昭和五八年補正審判第五〇〇六〇号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続きの経緯

原告は、昭和五五年一〇月四日、名称を「浮き出した柄を形成する鍍金方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたところ、昭和五七年五月二〇日付で拒絶理由の通知があつたので、同年七月二六日付手続補正書により特許請求の範囲その他を訂正したが、同年一一月一九日、右特許請求の範囲の訂正は、明細書の要旨を変更するものとして、補正却下の決定があつたので、昭和五八年三月五日、これに対する不服の審判を請求し、同年補正審判第五〇〇六〇号事件として審理されたが、同年一〇月一三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年一二月三日、原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲

1  補正前明細書(昭和五七年七月二六日付手続補正書による補正前の願書に添附した明細書をいう。以下同じ。)の特許請求の範囲

(一) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置して柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形底し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させることを特徴とする浮き出した柄を形成する鍍金方法。

(二) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置してインキ、塗料その他柄付け資料を以て柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させ、有機溶剤を以て上記柄付け資料を剥離除却したことを特徴とする浮き出した柄を形成した鍍金体。

2  補正明細書(前記手続補正書による補正後の明細書をいう。以下同じ。)の特許請求の範囲

(一) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により反射適性を有する程度の鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置して柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、それ等の作業に際して所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業を併存させ、上記粗面上に電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させることを特徴とする浮き出した柄を形成する鍍金方法。

(二) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により反射適性を有する程度の鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置してインキ、塗料その他柄付け資料を以て柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、また、所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付け、上記粗面上に電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、柄として浮き出させ、有機溶剤を以て上記柄付け資料を剥離除却したことを特徴とする浮き出した柄を形成した鍍金体。

三  本件審決理由の要点

補正却下の決定の理由の概要は、補正明細書の特許請求の範囲に記載された「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業を併存させる」という工程付加並びにそれにより最終製品にもたらされる効果、すなわち、「浮き出された鍍金層に透視孔が不特定多数存在し、透視孔中の鏡面反射状態が現出するに至る」という効果は、補正前明細書に何ら記載されておらず、かつ、同明細書中の記載からみて、自明のこととも認められない、というもので、右理由にいう工程付加及び効果の意義について検討すると、補正明細書の特許請求の範囲で付加されたとする前記の工程(以下、後出の「吹付け」と区別するため「局部的吹付け作業」という。)については、その前に、「それ等の作業に際して」という前提条件が記載されており、この「それ等の作業」は、更にその前に記載されている「研磨等により反射適性を有する程度の鏡面に仕上げ」(以下「鏡面仕上げ作業」という。)、「その鏡面上に所求鍍金個所を残置して柄付け作業を施し」(以下「柄付け作業」という。)、及び「酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な組面を形成し」(以下「組面形成作業」という。)の三つの作業を指すが、この局部的吹付け作業は、その作業内容からみて、鏡面仕上げ作業の後、粗面形成作業の前又は後に行われるものとみられる。また、この作業は、前出の効果を得るために行われるもので、すなわち、それは前記手続補正による補正明細書第一〇頁第七行ないし第一三行記載の「透視孔が存することによりその中に進入した光線はその中の鏡面によつて反射されて燦光を放ち、その構成物品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品となる」効果を与えるものである。

そこで、補正前明細書及び図面を検討すると、これらの補正事項は、いずれも補正前明細書及び図面には直接記載されておらず、これらの補正事項に関し、請求人(原告)は、局部的吹付け作業は、補正前明細書第五頁第一行ないし第四行に、「柄付け手段は、手書き、印刷(グラビア印刷の如し。)写真焼付、吹付け、ないし部分塗装等各種のものを用い得る。」と記載されており、その記載中「吹付け」という柄付け観念は、とりもなおさず、局部的吹付け作業という本願発明の部分構成を必然的に導出させるものであり、また、前出の効果は、補正前明細書第九頁第二行ないし第八行の記載、特に第二行ないし第四行の「この浮き出した所求鍍金個所と上記鏡面とを対照的に配在させた鍍金物品が構成され」の記載及び第六行の「風趣ある好適の物品」の記載があることに徴して、補正前明細書における効果の説明中に共存的に存在するものである、と主張している。

しかしながら、局部的吹付け作業が「吹付け」から導出されるという請求人(原告)の論旨は、補正明細書の発明の詳細な説明の欄では、柄付け作業に吹付けがそのまま含まれており、これによると、局部的吹付け作業もそれに包含されると解すべきところと矛盾するものであり、また、「吹付け」、すなわち、柄付け作業で塗料が吹き付けられる個所は所求鍍金個所以外であるところ、局部的吹付け作業で塗料が点在的などに吹き付けられるという個所は所求鍍金個所であつて、吹付けの場合と相違し、「吹付け」を根拠とすることに矛盾を有するものであるが、これらの矛盾はさておき、一応請求人(原告)の論旨に従つて、補正明細書の発明(以下「補正発明」という。)は柄付け作業のうちの一つとして行われる「吹付け」について、「塗料を点在的、あるいは部分的に吹付ける作業」の場合のみを、「局部的吹付け作業」として別に取り出したものであるとして検討すると、金属表面処理上柄付け作業のうちの「吹付け」には、局部的吹付け作業に相当する点在的又は部分的吹付けも確かに含まれ得るものであるが、上記の「吹付け」は、通常柄付け作業のための一手段として、それ単独で、あるいは他の手段と組み合わせて任意選択的に採用されるものであつて、必要不可欠な処理条件ではなく、補正前明細書にもそれ以上のことを意味する記載はないところ、補正事項の局部的吹付け作業を「併存させる」というのは、局部的吹付け作業を必要的処理条件とするものである。そして、それをこのように必要的処理条件とするのは、補正により同時に加えた前出の効果を本願発明の特有な効果として現出させるためであるところ、そのような効果を必ず達成するために局部的吹付け作業を必ず併存させることは、補正前明細書中の柄付け作業に関して何ら記載されておらず、また、それから自明のこととも認められない。

また、請求人(原告)の論旨によらず、局部的吹付け作業が補正前明細書に記載された柄付け作業とは別の処理で、それと併存させると解した場合には、その局部的吹付け作業が補正前明細書に全く記載されておらず、また、示唆するところもないから、その作業は補正前明細書から自明な事項でもない。

そうすると、前記の補正は、補正前明細書及び図面の記載事項から自明な事項であるとはいえないから、前記の補正が明細書の要旨を変更するものであるとした原決定の判断は正当である。

四  本件審決を取り消すべき事由

補正明細書の特許請求の範囲にいう「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業」(本件審決のいう「局部的吹付け作業」)とは、補正前明細書において柄付け作業として開示されているものの一態様にほかならない。すなわち、補正前の柄付け作業は、補正前明細書にいう所求鍍金個所を残置して、これを施すものであるところ、該所求鍍金個所の形状は、最終的に形成すべき所望の浮出柄の図柄に応じて多様であり、周囲を鍍金すべき部分として残置した中に囲まれて地金(又は前工程の鍍金層)が表出する態様のもの、更には、該地金(又は前工程の鍍金層)表出部が周囲の鍍金すべき部分に鍍金を施した際には該鍍金施行部に対してピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔として不特定多数存するごとくなる態様のものも当然含まれていることは明らかである。補正明細書の特許請求の範囲は、右最後の態様の柄付け作業をなすことを、局部的吹付け作業の語をもつて表現しているものであり、しかも、補正前明細書には、柄付け作業が塗料を吹き付けることによつてもなし得ることが開示されているのであるから、補正明細書記載の局部的吹付け作業は、補正前明細書に開示されていたものというべきである。そして、本件審決指摘の補正明細書の効果の記載は、補正前明細書第九頁第二行ないし第八行に記載されている効果を、補正によつて限定された浮き出柄の態様に即して自明の範囲で表現しなおしたものにすぎず、補正前明細書に開示されていた範囲を出るものではない。

なお、補正明細書の局部的吹付け作業は、前記のとおり補正前明細書に開示されていたものであるから、補正前明細書において局部的吹付け作業が必要的処理条件とされていなかつたからといつて、これを必要的処理条件とした本件補正が明細書の要旨を変更するものに当たらないことは明らかである。

以上のとおり、本件補正は却下されるべき理由はなく、これと反する本件審決は、その判断を誤つた違法のものとして取消しを免れない。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争り。本件審決の認定判断は正当であつて、何ら違法の点はない。

1  原告は、補正前明細書の特許請求の範囲にいう「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業」(本件審決のいう「局部的吹付け作業」)は、補正前明細書において柄付け作業として開示されているものの一態様にほかならない、と主張し、その根拠の一つとして、所求鍍金個所の形状は、最終的に形成すべき所望の浮出柄に応じて多様であることを挙げている。

しかしながら、最終的に形成すべき所望の浮出柄は一重ないし数重の鍍金による浮出柄からなるものであり、一つの鍍金層は一回の鍍金工程により形成され、一回の鍍金工程は特許請求の範囲などにあるように、鏡面仕上げ作業、柄付け作業、粗面形成作業、鍍金作業、及び柄付け資料剥雛作業の一連の作業によつて行われ、その柄は大体鍍金工程ごとに異なるのであつて、所求鍍金個所の形状にはあらゆる形状(柄)が概念上包含されることになるからといつて、「柄」に概念上包含されるあらゆる形状が補正前明細書に開示されたことにはならない。

そこで、補正前明細書及び補正明細書をみてみるに、「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業」は、補正前明細書には記載がなく、この作業は、「鍍金を浮き出した柄として形成するその柄に点在的、あるいは、部分的な透視孔を設けること」(補正明細書第二頁第一八行ないし第二〇行)を目的とし、「所求鍍金個所に鍍金を浮き出し、かつ、ピンホール状、あるいは、不規則状小孔の透視孔を不特定多数を有する柄を形成する」ようにし(同第九頁第一九行ないし第一〇頁第二行)、「透視孔が存することによりその中に進入した光線はその中の鏡面によつて反射されて燦光を放つ」(同第一〇頁第七行ないし第九行)という効果を与えるものであるが、これらの効果も補正前明細書には記載がない。また、その作業により、鍍金による浮出柄中に不特定多数のピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を有する製品が得られるのであるが、この点についても補正前明細書には何らの記載もない。しかも、補正前明細書には、これらの点を示唆する記載もないのである。

確かに、補正前明細書による方法でも、柄となつている鍍金部分とその間にある鍍金されていない鏡面部分とを有する製品が得られるが、補正前明細書による方法では、鏡面部分は柄(浮出柄)となつていない部分(柄付け作業を受けた部分)に限られていたのであり、所求鍍金個所の形状はその柄を表すものとして同等の意義を有するものであつて、どの柄のものが特異な技術的効果を生ずるかというようなことは何も示されていない。

2  また、原告は、柄付け作業が塗料を吹き付けることによつてもなし得ることから、補正前明細書には局部的吹付け作業が開示されていた、と主張している。

確かに、補正前明細書には、柄付け作業が吹付けによつても行い得ること(第五頁第一行ないし第四行)、塗抹資料として塗料を用い得ること(第四頁第二〇行ないし第五頁第一行)が記載されているが、柄付け手段は吹付けに限られず、手書き、印刷などのどれでもよく、また、その二つ以上を組み合わせて用いてもよいとされているが、補正明細書における局部的吹付け作業では、鍍金施行部にピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を不特定多数存するような製品を得るために、浮出柄が形成されるべき、主たる所求鍍金個所となる部分にピンホール状あるいは不規則状小孔に対応する小点状の被覆を多数形成するような吹付けを行うことが不可欠であつて、補正明細書のこのような吹付け手段による前記の特異な効果をも参酌すると、右の吹付け手段が、補正前明細書の単なる「吹付け」とある記載に開示されていたと解することは到底できない。「所求鍍金個所」の意義が補正前明細書におけるものと変わつていないと解すれば、吹付けなどによる柄付け作業で残置した部分が所求鍍金個所に当たるから、その部分に行う局部的吹付け作業は、当初の柄付け作業とは異なる作業である。

3  補正明細書に記載されている局部的吹付け作業による効果は、浮出柄である鍍金部分に透視孔があつて、その個所から反射光を与えるというものであり、補正前明細書第九頁第二行ないし第四行に、浮き出した鍍金部分(補正前明細書に「所求鍍金個所」とあるのは、鍍金すべき個所をいうもので、鍍金後の部分を示していないので、誤りである。)と鏡面とを対照的に配在させた、とある効果とは異なるものであるから、それは補正前明細書に開示されていた効果の範囲にあるとはいえない。

以上のとおり、補正明細書の局部的吹付け作業は、補正前明細書に開示されていなかつたのであるから、右工程を新たに付加した本件補正は、明細書の要旨を変更するものであつて、本件補正は却下すべきものであり、したがつて、本件審決は正当であつて、何らその判断を誤つた違法の点はない。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続きの経緯、補正前明細書及び補正明細書の特許請求の範囲の記載並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、補正明細書の特許請求の範囲にいう「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは部分的に吹付ける作業」(本件審決にいう「局部的吹付け作業」)とは、補正前明細書において柄付け作業として開示されているものの一態様にほかならず、かつ、補正前明細書においては必要的処理条件とされていなかつたこの作業を、本件補正によつて必要的処理条件としたからといつて明細書の要旨を変更したことにはならないから、これを否定する本件審決は誤りである旨主張するが、右主張は、次に説示するとおり、理由かないものといわざるをえない。

前記補正明細書の特許請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第二号証の二(昭和五七年七月二六日付手続補正書)によれば、補正発明は、「鍍金を浮き出した柄として形成するその柄に点在的、あるいは、部分的な透視孔を設けること」(鍍金方法)及び「鏡面と柄として浮き出させた所求鍍金個所、即ち、柄とそれに設けた透視孔とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(鍍金体)を目的とし(同号証第二頁第一八行ないし第三頁第一行、同頁第一〇行ないし第一四行)、この目的を達成する手段として、「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業を併存させ」(鍍金方法)」、「所求鍍金個所にも塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付け」(鍍金体)(同号証第一頁第一〇行ないし一二行、第二頁第四、第五行)、このことにより最終製品には、鏡面と不特定多数のピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を有する柄を形成、現出し(同号証第七頁第一八行ないし第二〇行、第九頁第一九行ないし第一〇頁第二行)、透視孔が存することによりその中に進入した光線はその中の鏡面によつて反射されて燦光を放ち、その構成物品は彫刻による物品の装飾をもつてしては得られない風趣のある好個の物品となるという効果(同号証第一〇頁第七行ないし第一三行)があるものと認められる。

そこで、補正前明細書に右の目的、構成、作用効果に関する記載あるいはこれらを示唆する記載があるか否かをみるに、前記補正前明細書の特許請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第二号証の一の(イ)ないし(ハ)(補正前明細書及び図面)によれば、補正前明細書には、「鍍金を浮き出した柄として形成すること」(鍍金方法)及び「鏡面と上記柄として浮き出させた所求鍍金個所とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(鍍金体)を目的とする旨の記載があることが認められるが(同号証の一の(ロ)第二頁第一二行及び第一三行並びに第三頁第二行ないし第五行)、前記補正発明の目的である、「鍍金を浮き出した柄として形成するその柄に点在的、あるいは、部分的な透視孔を設けること」(鍍金方法)及び「鏡面と柄として浮き出させた所求鍍金個所、即ち、柄とそれに設けた透視孔とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(鍍金体)という目的に関する記載も、右目的を示唆する記載も認められず、また、補正前明細書には、鍍金を浮き出した柄として形成させるための手段について、「鏡面上に所求鍍金個所を残置して柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して:::鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させる」(同号証第一頁第五行ないし第一二行)との記載はあるが、この所求鍍金個所にも「塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業」を行うという前記補正発明の手段に関する記載又はそうした手段を示唆する記載も存しない。更に、補正前明細書には、その作用効果に関して、「所求鍍金個所に鍍金を浮き出した柄として形成することが可能な効果があり」(鍍金方法)(同号証第八頁第一八行ないし第二〇行)、「所求鍍金個所に鍍金を一重、ないし、数重柄として浮き出させることにより、この浮き出した所求鍍金個所と上記鏡面とを対照的に配在させた鍍金物品が構成され、その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、即ち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値ある効果がある。」(鍍金体。同号証第九頁第一行ないし第八行)との記載があることが認められるが、右所求鍍金個所の鍍金を浮き出させる柄中に、更に、不特定多数のピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を設けることにより、この透視孔中に進入する光線によつて燦光を放つ、いわゆる透視孔による鏡面反射状態の現出した製品が得られる旨の前記補正発明の効果に関する記載はなく、また、この効果を示唆する記載もない。

以上のように、補正前明細書には、補正発明の目的、構成、効果に関する何らの記載も、また、これらを示唆する記載も存しないことが認められるのであつて、これらの事実からすると、本件手続補正は、補正前明細書において開示した技術的内容を、その目的、構成、効果のいずれの点においても変更するものといわざるを得ず、しかも、これらの点の変更は、その内容からして単なる自明な事項の範囲内における補正であるとは認められないから、本件手続補正は、補正前明細書の要旨を変更するものであるといわざるを得ない。

なるほど、補正前明細書にいう柄付け作業は、原告の主張するとおり、所求鍍金個所を残置してこれを施すものであり、所求鍍金個所の形状か最終的に形成すべき所望の浮出柄の図柄に応じて多様であることは、補正前明細書の記載に徴して認めることができるが、最終的に形成すべき所望の浮出柄の図柄の内に、不特定多数のピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を有する図柄までも含まれていると解することは、前記認定のとおり、補正前明細書の記載に徴して認めることができないし、また、前記認定のように、不特定多数のピンホール状あるいは不規則状小孔の透視孔を有する浮出柄は、そうした透視孔を有しない浮出柄とは異なる特有な作用効果を奏するものであることからすると、補正前明細書に記載の浮出柄の自明な範囲における図柄であるとも認められない。また、前掲甲第二号証の一の(イ)ないし(ハ)によれば、補正明細書には、「柄付け作業は所求鍍金個所を残置してその余の個所を塗抹資料を以て塗抹する。」(同号証の一の(ロ)第四頁第一六行ないし第一八行)、「塗抹資料はインキ、塗料、感光剤、電気不導体液等各種のものがあり、柄付け手段は、手書き、印刷(グラビア印刷の如し。)、写真燒付、吹付け、ないし、部分塗装等各種のものを用い得る。」(同号証第四頁第二〇行ないし第五頁第四行)との記載があることが認められ、したがつて、補正前明細書には、原告主張のとおり、塗料を吹き付ける手段による柄付け作業についても開示されているものということができるけれども、右の柄付け作業は、前記認定したところから明らかなように、浮出柄を形成させるために施す作業であつて、ここにいう塗料の吹付け手段は、他の手書き、印刷、写真燒付、部分塗装等と同様の作用効果を奏するものであるとして位置付けされているものと認められるのであるから、補正前明細書には、右の塗料の吹付け手段によつて、補正明細書にいう柄に点在的あるいは部分的な透視孔を設けるという技術的思想が開示され、又は示唆されているものとみることはできない。

したがつて、補正前明細書に記載の浮出柄が最終的に形成すべき所望の浮き出柄の図柄に応じて多様であるとしても、また、補正前明細書に、塗料を吹き付けることによる柄付け作業について開示するところがあつても、右両事実を根拠として、補正発明にいう「塗料を点在的、あるいは、部分的に吹付ける作業」が、補正前明細書に記載の柄付け作業として開示されているものの一態様である、とする原告の主張は、到底採用することができない。また、補正発明における効果は、前説示のとおり、補正前明細書に開示されている効果と異なるものであり、しかも、そこに開示されている効果の単なる自明な事項の範囲内であるといい得ないから、補正発明の効果についての原告の主張も採用するに由ない。

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 杉山伸顕 裁判官 川島貴志郎)

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